レディ・プレイヤー・ワンの話
へいおまち。この冒頭が何十記事書いても慣れません。
レディ・プレイヤー・ワンを見返した 。
さて、表題のごとく レディ・プレイヤー・ワン(以下RP1)を見返しました。
映画館で見たし、パンフも買ったし、原作も読んだんですけど、それでも見ました。いい映画なんだもん。
なので、その話を少ししようとおもいます。めっちゃくちゃネタバレしながら話してくんで、そのへんご了承願います。
あと個人の意見を多分に含みます。そのへんもご了承願います。
あらすじ
2045年のコロンバス、多くの人が貧困に苦しみ、集合住宅での暮らしを余儀なくされていました。
そんな人々の、心の拠り所は仮想空間「OASIS(オアシス)」。
「OASIS」では、理想のキャラクター(アバター)となり、戦いに勝つ事でコインを集め、好きなアイテムを購入、「OASIS」内で友人を作ったり、結婚したりする事もできます。
ただ、戦いに負けると全てを失い、最初からやり直さなければなりません。
多くの人は「OASIS」での生活に夢中になり、「OASIS」で全てを失う事は、現実世界での絶望に繋がり、既にゲームの域を超えていました。
そんな中、オアシスの開発者ジェームズ・ハリデーが死去、「OASIS」内にイースターエッグを隠し、それを手にした者には、莫大な遺産と「OASIS」の運営権を与えるというメッセージが流れます。
イースターエッグを手にする為には、3つの鍵を入手する必要があり、世界中の人間が鍵の謎に挑んでいました。
17歳の少年ウェイドは、幼くして両親を亡くし、叔母の家で暮らしていました。
貧しい集合住宅で、叔母の恋人に酷い仕打ちを受けており、現実世界に絶望し「OASIS」内で自らのアバター、パーシヴァルとなり鍵の謎に挑んでいました。
ウェイドには、エイチ、ダイトウ、ショウという仲間がいますが、現実世界で会った事がありません。
また、ジェームズ・ハリデーの遺産を狙った巨大企業、IOI社はシクサーと呼ばれる刺客を「OASIS」内に大量に送り込んでいました。
第一の鍵の謎はレースに勝つ事で、5年前から入り口は見つかっていましたが、誰も成功していません。
レースに挑んだウェイドは、カネダ・バイクに乗った女性、アルテミスに出会います。
大勢のシクサーを倒してきた事で、「OASIS」内でも有名なアルテミスとの出会いに、ウェイドは舞い上がります。
そしてレースが始まり、次々と脱落者が出る中、ウェイドはゴール直前まで進みますが、キングコングの妨害で脱落します。
そこへ走って来たアルテミスを、キングコングから守りますが、カネダ・バイクが大破します。
壊れたカネダ・バイクを修理する為に、エイチの元を訪ねたウェイドとアルテミス。
修理の間に、ウェイドはアルテミスから、レースを止めた事を責められます。
ウェイドは「キングコングには勝てない、それがルール」と説明しますが、アルテミスは「この世界にルールは無い、ハリデーはルールを嫌っていた」と言い残し、「OASIS」から退出します。
アルテミスの言葉が気になったウェイドは、謎のヒントを探る為に、ジェームズ・ハリデーの過去が分かる記念館を訪れます。
果たして、鍵の謎は解けるのでしょうか?
まるっと引用なのは許してほしい。まとめられんかった
個人的な見どころ
・冒頭の「この作品ってSFなんだ」と一発でわからせる感じ
ヴァン・ヘイレンの「JUMP」に合わせて、ごみごみと積み重なったした町並みが映される。主人公は窓から這い出て、この町並みを下っていく。途中途中に、アイ・ギアをつけた人々が『なんかしら』をしている。
この瞬間でもう「あ、この作品はSFで、この人達は現実じゃないとこでなんかして、かつそれは当たり前なんだな」みたいなことがすぐわかる。この間セリフはゼロ!この描写はほんとに神だった
・「無理ゲー」が「神ゲー」に変わった瞬間
序盤のレースシーンは、長いコースをノンBGMで、チェイスシーンをカメラワークだけで描いてく。そのあと主人公が「全速力で逆走して…」というヒントをもとにリバースギアで一目散に後進する。あわや、というところで床が沈み、隠されていたルートが明らかになる…。この一種アハ体験のような「緊張と緩和」、「ストレスとカタルシス」の瞬間は鳥肌モノだった。ゲームやってて突拍子もないクリア方法見つけたときくらいすごかった。
・リアルはしまっておけ、っていうこと
途中、ヒロインに主人公がリアル情報をポロリし、その結果としてえらいことになるのだが、このポロリ具合がリアルで、なんというかオンラインで20年近く生きてる人間としてはなんとも目をそらしたくなるようなリアリティだった。実際、美人のアバターに合うとあんなくらい舞い上がるって!ほんとに!
・「俺はガンダムで行く」
特に字幕版だと強く印象に残る「俺はガンダムで行く」。これまで英語しか聞こえなかった音声から急に聞こえる日本語、そして決意の現れとともにスクリーンに踊り出るRX-78ガンダム。このシーンについてはすでに多くの人が感想を述べているが、「3分だけ好きなロボットに変身できる」という状況で「今、友人は絶体絶命のピンチに陥っている。さぁ何に変身する?」という問いかけの末に得られた答えが「俺はガンダムで行く」だとしたら、涙なしには語れないシーンであることは言うに及ばずだろう。
この作品に思うこと
この作品は多分、いろんな意味で「大人」と「子供」…というか、「オタク」と「そうでない人」というか、「クリエイター」と「経営者」というか、そういう面を浮き彫りにしている作品だと思った。
最後のシーンのあたりが顕著で、結局アウトゲーム*1で妨害しようとしてくる奴らと、インゲームをひたすらクリアしようとする主人公たち。いわゆる「オタクの理解されなさ」みたいなものを描いている箇所がちらほら感じられた。
あと、けっこう色んな意見が出た最後の部分については、個人的にはまぁ、あれで別にいいんじゃないかなぁっていう感じの意見。
というのも、ゲーマーとしてはやっぱりファーストクリアラー*2は讃えられてなんぼというか、それに抗議するなら同じことをしないとというか。
このあたりには、自分の「ゲームに対するスタンス」というのが根底にあると思う。
自分はゲームは基本「平等」なものという考えがある。動体視力や聴力、反射神経等々個体差はあるけど、結局そのあたりは決定的な差ではないことが多く、総じて技術で覆せることのほうが多いように思う。
ゲームにおいて一番重要なのは「理解」と「挑戦」で、主人公のウェイドはその両方をずっと実践し、結果としてファーストクリアラーとなり、オアシスの運営権を得て、ついでにリア充になった。
世界観から考えてれば、彼よりもクリアできる見込みが多かったプレイヤーもいっぱいいたはずだ。もっと裕福なやつとか、もっと時間のあるやつとか。でもそうはならなかった。
結局、そこに何が違うかっていえば「ゲームに対する情熱」みたいな、「俺が最初にクリアする」という負けん気というか、そういうものだったんじゃないかと思う。それなのに四の五の言うのは、なんとなくお門違いなように思う。それこそ、銃で解決しようとしたIOIの社長みたいな。
「自分はリアルでイチャコラこいておいてオアシスを2日休み?!許せん!!」というのもまぁわかる。わかるけど、それは「勝者に対する妬み」であり、一種の敗北宣言だと思う。
腕力や身長、体力、病気、生まれた家や土地、そういったもので勝てないことは現実ではよくある。でも、ゲームという「舞台」は関係ない。技術と知識、練習量、研究時間、プレイスコア、そういった「結果」が全てだ。
取りに行くかどうかは別として、誰だって「勝ち目」はある。それに納得がいかないというのは、「自分は負けました、なのでおこぼれをください」ということだと思う。
この作品に「クリエイター」として思うこと
死ぬほど羨ましいと思わないか。全世界でウン百万人にプレイされ、社会現象にまでなって、最後に勝ったのは「ゲーム好きな少年」。こんな開発者冥利につきることそうはないように思う。
いつか自分も、こういう「全世界を熱狂させる作品」を作りたい。クリエイターならおそらく、そう思うんじゃないだろうか。
結論
語ると長い!
相当私信が漏れた記事になってしまいましたが、まぁたまには許してください。
次回は多分旅行記です。おしまい。